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ツインレイ考察 ~平成篇

ツインレイへの憧れについて

先日、Blogにも少し書いたのですが。
世間には、少なからず”ツインレイ症候群”の人がいるよね、と思うのです。
あるいは、ツインレイ信者かな?
実際は、通常の恋愛で別れたり、振られたに過ぎないのに、
何故か、ツインレイの”サイレント期”だと思い込んでしまう症状。
まあ、人それぞれ、お好みの人生経験ですからね。
別に、分離側に留まりたい人は、好きに留まればいいと思うんですけども。
……というか、本題はそこじゃなくて(笑)

何故、その手の”生存者バイアス”の人に、私は当たってしまうのかな、と。
多分、何かしらの学びが在るのだろうな、と思うのですが。
正直なところ、昔は良く遭遇したのですよ。
あなたに出来るなら私にも出来る、な生存者バイアスな人。
逆に、私に出来ないのだから、あなたにも出来るはずない、パターンとか。
生存者バイアス罹ってる人の特徴は、
何かと”どうやってるの?”とか”秘訣教えて?”とか、訊きたがる割に、
真摯に答えると、決まって「えー、私には無理」と返って来るんですよ。
挙句、こちらが無茶振りした如く、逆ギレしたり、批難したり。
全く、理不尽な生態をしている訳です(苦笑)

もうね、子供の頃から周囲に沢山生息してて大変でした。
今となっては、大量発生(笑)の理由も分かっているから良いのだけど。
流石に、サイレント期後半には、それも無くなったのですよ。
なのに、久々に遭遇したので、びっくり。
これはもう不可抗力というか、統合への流れの一環だから仕方ないですが。
実は、去年のクリスマスの後から、サイレント期に似た体感がありまして。
自分でも「何で!?」と解せなかったんですけど、
どうやら、それで”正解”だったみたい。微調整的な”何か”のようです。
12月に始まった時と同じ、1日集中型の”浄化”反応起きてるから。
風邪症状に似ているけど、明らかに違うんだよね。

それはさておき。
折角なので、この”生存者バイアス”について考えてみました。
そうしたら、結局、コレって”嫉妬”じゃないの?という結論に達しまして。
所謂、嫉妬までドロドロしていないけど、根っこは間違いなくそう。
他の要素は全部無視して、ある一点だけで比べて、
自分と相手が”同じである”と決めつける……何の”根拠”も無いのにね?
場合によって、自分を持ち上げたり、相手を引き降ろしたり。
そこまでして、同じ”レベル”である必要ってあるのかな?

相手と自分が同じでありたい。
相手は自分と同じであるべき。

こう(無意識に)思う理由って、逆説的に”違い”を知ってるんだよね。
相手は、自分には無い”何か”を持っている、と。

もし、これが目に見える物質的なモノなら、嫉妬と呼ばれる。
でも、目に見えないモノだから、多くの人に見逃されて来たんだよね。
今までは。分離世界だったから、違和感無かった。
それなら、世界が調和側へシフトしたら、どうなるのかな?
当然、そこに”違和感”を覚える人も出て来るよね?
例え、目に見えないモノに対してであっても、嫉妬は嫉妬だから。
しかも、嫉妬対象が”人間意識”では理解し難いモノ。
本当ね、嫉妬される方は、勘弁してー、という感じ。
自分のエネルギー値とか、人間側で何とか出来るものじゃないし!(笑)
地球でしか転生していない人に、嫉妬なんかされても困ります、としか。
決して、チート(笑)でも何でもないですからね。
地道に転生して、経験値稼いだだけのことだから。
RPGで他人のEXP羨んでも仕方ないでしょ?
魂世界には、ガチャも課金システムも無いんだからさー。

……というようなことを考えてました。
この辺りのコトも、ガイドさんに言わせると、
人間として”学んで、成長する”ことをしない、という”経験”を学ぶそうで。
そんな、学ばない学び中の魂さんに出会ったとしても、
学ばない学びがあるということを学んで、自分の道を行けば良いようです。
つまり、誰かに嫉妬されても、自分の”光”を小さくしないでね、と。

あなたの”光”が、私の”光”より小さければ愛します。

コレは分離そのもので、条件付けられた”愛”だから。
ツインレイの目指すトコとは真逆だよ、というお話です。

因みに、そうした相手と物理的な”距離”を取るかどうかは、お好みで。
無条件な愛って、そういう意味では無いですから。
そもそも、ツインレイの”統合”には”無条件の愛”が必要と言いますが、
コレ自体、大きな”自己矛盾”になっているの、分かります?
(必要と”定義”してるトコが、すでに”条件”です☆)
無条件というのは、本当に何の枠も規制も無いということ。
分離世界で”条件”とされていたモノの”逆”という意味では無いですよ。
子供の頃の記憶を思い出してみて下さい。
大きいの反対語は”小さい”で、決して”大きくない”ではない。
当時、頑なに「大きくない」と言い張る子、周りに1人はいたでしょ?
そろそろ、ココに気づいて、物の見方を変えた方がいいかも。
分離側から見た”統合”って、かなり違うようだから。
調和側へ引越して、真の”統合”へ向かいたいですね。